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メジャー出版で初版11万部の大ベストセラーになった男による情報

戦争論

一般論として、悪人を演じるというのは、ある意味、素晴らしいことだとも言えると思う。
悪になってでも仲間を守ること自体は素晴らしいことだと思う。
しかしながら、本当の悪になって、弱い人たちをころしまくることになってしまったら、
それはかっこいいことにはならない。
敵だからといって相手をころしまくるのが良いことだとも、どうしても思えない。
だが、戦争って、そんな甘いことを言ってると自分や仲間がやられる場合が出てくる。下に続く

作曲家シンカク高橋さんのページ mucome - デジタル音楽作品の仲介プラットフォーム

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ミッドナイト・トレイン

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戦争に踏み切るっていう決断をする時に、どこまでのリスクを考えるのだろうか?
簡単に踏み切ったのではないとはいえ、必ず最悪な結果が待っていることだけは、
歴史を見れば明らかだ。
あたりまえのことを言ってみても意味は無い。
でも、黙ってるよりはましになることもある。下に続く

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戦争を世界権力ですら止めることが出来ない。
いや、止めないのか。
子どもの喧嘩があった時、勝手に親という強い力で止めると、逆に感情がこじれることもある。なぜなら、勝ってる側は、それまでの数年間、相手からの嫌がらせや虐めに悩んでいて、やっとのことで立ち上がったところだけを人に知られて、お前が悪いってやられる。もちろん、だからといって、ころしたり、殴っていいとか思わないけど、何かいい方法は他にないのかと考える。
しかし、人間はこれまでの歴史でそれを学べなかった。下に続く

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それどころか酷くなることさえある。
大きな大きな力にどんな善人も敵わない。
だから結局は力を持たないといけないってなる。
そのためには、敵を倒す、ってなる。
もしも、絶大なる神が完全に善人だった場合のみ、正義が完全勝利になる。
しかし、それは、ほぼありえない。
こんなことを悩んだり考えることすら馬鹿らしく思える時もある。下に続く

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そして、もっと最悪なのは、庶民同士で、ちんぴらのように喧嘩し合うようなやつまでいる。いや、多い。そのことは確かに一部の破壊的な権力者を喜ばすことになるのだが、そのことに気付けない奴ら。俺が教えてやりたくても、この俺自身が、結局は、何の力もないのかもしれない。
わからせることも必要だけど、わからせることは無理だし。それが独裁や強制になってしまうなら、それよりも、自由に喧嘩したいやつにやらせておくしかなくなる。
喧嘩したくない人を無理やり参加させたり、騙し討ちで参加させることは避けたいけど、世の中にバカが多ければ多い程、結局、それが永遠に続いていく。下に続く

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100%の正義の人でころされなかった人は、過去の歴史において、1人もいない。
正義は程々にした方が多い場合もあるけど、悪がはびこりすぎるのも、また地獄である。
だから中立やバランスって大事なんだと思う。中立に向かって喧嘩を売ってくる奴もいるけど、そんな低能なやつを絶対に相手してはいけない。それは絶対の法則。
まあ、人間だから、相手にしてしまうから、それも人間らしくて好きなんだけど、できるだけリスクや犠牲の少ない中でやったほうが自分のためになると、そう思うよ。
どんなに誤解されようと、自分の意見が素晴らしいなら、それでいけばいいし、けど、いつでも間違いに早く気付ける自分でいれるなら、多少の間違いを通しても、それは、間違いなので修正できる自分でいられる。
まあ、こんなくだらない文章を誰も読まないだろうけど。
人の幸せを、たとえ偽善者と言われて全員から悪者にされても押し通す。それぐらいの根性は必要なんじゃないかな。そう思います。

 

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