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「表現」なんてわからない

「表現」なんてことは、いまだに自分はわからない。
本を書いて出版して入賞したり、音源をリリースしたり、スポーツで入賞したり、プロフェッショナルのモデルをやったり、素敵な恋愛やひどい失恋をしたり、いろんなことを経験したはずだけど、そんなくだらない経験では意味もないし、「表現」は、まだまったくわからない。

高校生の頃は、散文や自由詩をノートに毎日たくさん書きなぐった。
文章は下手だった。国語の教科書も読めないぐらいの文盲だった。

周りのみんなは、バンドだったり、暴走族だったり、ダンスだったり、優等生だったり、部活のスポーツだったり、何かしら自分の得意なことを見つけて「表現」していたけど、
僕にはほとんど全くと言っても過言ではないほどに「表現」がわからなかった。ただ自己主張をすればいいのかなぐらいに思っていた。

中身や内容は誰よりも深く多く持っているのに、それを表に表現する能力が極端に低い。だから作品が数えきれないほどたくさんあるのに、ほとんどが人前に出せないほどに未完だと自分では思う。

中身や内容ばかり持っていて、表面を飾れない分、人の外見からその人の中身をかなり正確に分析するような洞察力は鍛えられた。

僕は今もまだ、自分の中にある想いや音を表に出す「表現」というものを全く理解できていないけど、
下手でもいいし、なんでも思ったことや感じたことを、メロディーや下手な文章にしたら、それが「表現のようなもの」なんだと、今は思ってる。

テクニックやハウツー的なオリジナル性のない「表現」にはもともと興味がないし、自分の心の底から出たものでなければ、「表現」とは思えないし、そうでないと嘘くさいし。
ウケ狙いでなくていいし、かっこつけなくていいし、感じるままに。自然に自由に。嘘やまやかしや誇大表現は昔から好きになれない。

想えば社会に対しては幼い頃から反抗的だった。「我」が強くてそれでいて繊細な面があったので、幼少の頃は、人を傷つけてしまったり、自分が傷ついたり。
それではいけないと思って、意識して人に優しくしようと思ったのが12歳ぐらいだったかもしれない。
とにかく「普通」になりたいと思った。それまでが普通ではなかったから。

幼少の頃は病気で死にかけたとはいえ、ずっと自由に生きてきて、無意識に自己主張をしていた自分にとって、自分を抑えなければいけないと知ったのは、中学の軍隊のような部活だった。軍隊というより、ただ単に先輩たちからのいじめに近い伝統だったのかもしれない。それまで規則が大っ嫌いだった自分にとって、規則だらけでがんじがらめの刑務所の囚人のような体験であった。
その13歳ぐらいの時に心の奥から出てきた言葉は「鳥は檻の中では歌わない。鳥は自由の中で歌う。」という言葉だった。

今でも、自分を表現するということが全然わからない。意識的に表現する必要なんて、全くないのではないかとさえ思う。

普通に何かメロディーや文や詩を書いたりしたものが、後からたまたま誰かの心の支えになった、なんてことがもし出てきたとしたら、それがたまたま「表現」だったということなのかもしれない。
自分が死んでから何百年もたってからかもしれないし、ただ埋もれていくだけかもしれない。
そして、それでいいんだと思う。たまたま誰かの役に立つなら最高だし、そうならなくても、自分が生きたという事実だけは消えない。公式記録で消されても、実際に生きていたという事実は変わらないわけだから、もしも神様がいなかったり、見てくれなかったりしたとしても、全く問題ないと思う。
運命にしたがって生きるだけ。そういう風にしか生きれないし、それが一番良い生き方だと思うし。それが一番の「表現」なのかなとも思うし。


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